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第102回学術集会(平成13年10月21日(日))
【特別講演】
胎内から胎外へ・脳の発達
大島 清
京都大学名誉教授
ほぼ1 歳ぐらいまでは,35 億年の進化の歴史を秘めた遺伝子によって体は発達する.し かし,脳の発達は,外からの持続的なバランスのとれた刺激が必要だ.例えば,胎児の聴 覚野は30 週で完成し基礎的な髄鞘化も生まれる前におわっている.胎児は外音の低周波部 分を聴いていて,新生児がba をda やbi と区別できることも確認されている.また,サル の胎児の実験で,視神経の線維数は妊娠中期まで急激に増えるが中期以降急速に減ってい く(Science :1983 ,219 :1491 ).という量から質への変換という作業が行われているという ことも分かっていて,サルの胎児や新生児の脳内神経ペプチドを測定して,適度な外界刺 激によって量から質えの変換が行われていることを確認してい(Hormone Frontier in Gy‐ necology ;53 ,vol.3 ,4 号)胎外にさらされた新生児の脳は,さまざまな感覚入力を受け,情 報処理を繰り返すことによって急速に発達してゆく.興奮伝達の頻度の低いシナプスは脱 落し,その神経回路は解消してゆく.胎児期には過剰に神経細胞がつくられ,シナプスを 作れなかった細胞は死滅し脳全体の細胞数が調整される.量から質への変換と呼ぶ所以で ある. 言語発達の基盤になる語音の音響・音韻分析のための神経回路は1 歳頃までの頻回の言 語音の入力で形成され,その後に特定の音韻の組み合わせのシンボルとして他の感覚の入 力と連携する神経回路が成長し,言語の基本的神経機構が成長する.並列処理的な言語の 認知機構の発達は,胎児期から始まり,聴覚連合野は,コトバを繰り返し聞くことで急速 に発達し,母国語の音韻認知機構はすでに生後10 カ月頃には形成され始める. 幼小児期の言語発達期では,自分の音声を大脳でチェックしつつ習得し,神経回路網が 完成すると,小脳や角回や補足運動野が日常的な言語活動をコントロールする役割を果た す.重要なのは,幼少期にバランスのとれたコトバ磨きによって10 歳前後に脳のソフトウ エアーが一応の完成を見ることだ.個人の思考,計画性,決断力,創意工夫性,恋愛行動 はこのソフトウエアが演出する.10 歳以降に思春期が続く.不出来だと昨今頻発する犯罪 の温床となりかねない.人間は言葉によってのみ人間であることをこのIT 社会だからこ そ反芻しなければなるまい.
日本産科婦人科学会関東連合地方部会会報, 38(3)
217-217, 2001
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