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第104回学術集会(平成14年10月19日(土),20日(日))
【教育講演】
これからの周産期医療における胎児外科治療の役割
千葉 敏雄
国立成育医療センター特殊診療部
新生児外科疾患の多くは,出生前より既に発症している.しかも時には,分娩まで治療開始を待つことが病態の増悪をきたし,母児の周産期生命予後あるいは出生後の長期的QOLを損なう場合がある.この事実は,治療開始の時期を胎児期に遡ることが,従来の限界を越える治療手段たりうることを示唆している.胎児治療には内科的なものと外科的なものとがあるが,近年臨床的に新しい分野として注目されてきたものは,主に外科的な治療と思われる.外科的治療の対象となる胎児疾患とは,胎児期に生ずる臓器(含,胎盤)の形態ないし血行異常である.具体的には,先天性尿路閉塞症,先天性横隔膜ヘルニア,先天性嚢胞性腺腫様奇形,仙尾部奇形腫などが挙げられるが,近年は更に,双胎間輸血症候群,脊髄髄膜瘤,左心低形成症候群などにも大きな関心が寄せられている.ただし,そのすべてが治療の適応となるわけではなく,このような疾患のなかで適応とされる病態とは,上述のごとく,もし出生前治療を行わなければ,明らかに母児の周産期予後が損なわれると予想されるものであり,同時に,母体の安全性と次回妊娠の可能性が十分に保障される場合に限られるといえる.そこで,これまで多くの新生児外科あるいは胎児疾患において,出生前のNatural historyが検討され,また幾多の動物実験による病態生理の研究や臨床的経験の蓄積から,これらの疾患のうち出生前治療を要する病態が識別されてきた.胎児手術は大きく分けて,子宮を切開して行う直視下手術と,子宮を切開しない内視鏡下手術とに分けられる.とりわけ後者の導入は,胎児手術における母児への侵襲を大幅に低下せしめるものと期待されている.しかし胎児内視鏡手術は,胎児が羊水という混濁した液中で浮遊し体位の固定が困難であること,また水中では通常の手術器機(電気メス,超音波メスなど)が使用しにくいことなど,特異な困難性を伴うものであり,その施行にあたっては多くの工夫が必要といえる.その一方,胎児外科治療には,術後の未熟児分娩のリスクなど,いまだ解決されるべき問題も多い.かかる胎児外科治療を,実際の臨床技術として押し進めてきた原動力は,大きく2つ挙げられる.一つは,当然ながら治療の前提となる的確な診断技術の進歩であり,二つ目は,実際に胎児治療を支えるための種々の周辺技術の開発である.このような周辺技術として具体的には,妊娠中の母児への麻酔技術,手術器機(各種鉗子類,内視鏡装置など)と術中画像技術(超音波ナビゲーション,MRの併用等),妊娠子宮への手術操作が惹起する合併症(子宮収縮,羊膜損傷など)に対する産科的管理技術(手術的,薬理学的)などが挙げられる.今後外科的治療をも含めた小児医療においては,胎児医学が不可欠の視点となり,もはや周産期医療とは独立してはありえないものとなろう.言葉を変えれば,従来の出生後の医療は,出生前医療をも包括することでより大きな進展をみるものと期待される.しかし,我が国での胎児外科治療の施行には,解決されるべき倫理的・医療経済上の課題が存在することも事実であり,今後十分な検討を重ねた上での適切な導入が望まれる.
日本産科婦人科学会関東連合地方部会会報, 39(3)
225-226, 2002
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