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第110回学術集会(平成17年10月15日(土),16(日))
【シンポジウム1】
2.リスクマネージメントの観点からみた出生前診断
金井 誠
信州大学産婦人科 講師
先天性の障害を持つ児を出生した場合,「もしも医師が過失を犯さなければその子供の出生は回避できたはずである」と主張して,親が提起する訴訟をWrongful Birth訴訟と称する.医師には胎児の障害の可能性について親に情報を与えるという注意義務が存在するのであろうか?.そこには,胎児の生命の尊厳と両親の自己決定権との対立が生じ,人工妊娠中絶の当否や子供の障害の損害算定といった,評価が非常に困難な問題も発生する.人工妊娠中絶の適応に胎児条項を有しない日本においても,最近はいくつかの訴訟事例が発生している. 一方出生前診断は,障害胎児の胎内治療,分娩準備,分娩後の治療,両親の精神的準備のためにも行われており,生生前の全ての時期における胎児全ての診断との認識も必要である.すなわち日常の妊婦健診で行う超音波検査自体が出生前診断そのものであることから,出生前診断におけるリスクマネージメントは妊婦健診におけるリスクマネージメントであるといえる.したがって,出生の回避の問題だけでなく,児への適切な対応の遅れや,精神的慰謝料が問題となるケースも予想される. 対策として,以下の点が重要である. 1)遺伝性疾患に限らず先天異常に関連した相談に対する適切な対処:専門施設への紹介も含めた正確な情報提供と受け皿としての臨床遺伝専門医や遺伝カウンセラーの養成. 2)妊婦健診におけるインフォームドコンセントの重要性:妊婦健診で何をチェックするのか,超音波検査で何がわかり,何がわからないのか,妊婦さんはどこまでのスクリーニングを希望するのか,などに関する再検討. 最近のWrongful Birth訴訟の事例を参考に,現在の妊婦健診における出生前診断の問題点と今後の対策について考察したい. また,このテーマに関して議論する場合,法的問題だけでなく倫理的問題にも波及することは当然であろうが,本シンポジウムで倫理的問題の結論を出すことは難しく,産婦人科医だけでは背負う責任が大きすぎる.しかし,我々が社会にこの問いを投げかける時期が来ているのではないかとの思いがある.倫理(エシックス)とは「ある社会集団において人々が繰り返し行動することによって共有することになった社会的な慣習,価値」であり,日本人の共有している価値観が示されないと,結局,個々の症例における倫理的問題を産婦人科医が抱えざるを得ない状況は変わらないのである.
日本産科婦人科学会関東連合地方部会会報, 42(3)
289-289, 2005
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