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第110回学術集会(平成17年10月15日(土),16(日))
【ランチョンセミナー1】
肺血栓塞栓症のリスクマネジメント
小林 隆夫
信州大学医学部保健学科 教授
肺血栓塞栓症(pulmonary thromboembolism:PTE)はこれまでわが国では比較的稀であるとされていましたが,生活習慣の欧米化などに伴い近年急速に増加しています.今や日本人といえども血栓症のリスクが増大していることを医療従事者のみならず一般にも周知徹底することが急務です.一旦,重篤なPTEが発症すると,死亡率は20〜30%にも達します.われわれはリスク因子をもつ患者さんに対して,まずはPTEを予防することが第一ですが,仮に一旦発症した場合でも,迅速な対応策を講じて救命することが最も重要と思われます. 日本産婦人科新生児血液学会の調査によると92施設からの集計結果では,1991年度に比し2000年度のPTE発症数は6.5倍に増加しており,帝王切開のオッズ比が14.27,BMI27以上のオッズ比は3.47でありました.また,婦人科領域では悪性疾患は良性疾患より約16倍発症が多く,術前には卵巣癌が,術後には子宮体癌がPTE発症の高リスクでした.これらの結果から,高リスク妊婦と考えられるのは,血栓症の家族歴・既往歴,抗リン脂質抗体陽性,肥満,高齢妊娠,長期ベッド上安静,帝王切開術後など,婦人科領域のリスク因子としては,一般的なリスクに加え巨大子宮筋腫・卵巣腫瘍手術,卵巣癌手術,子宮癌手術,骨盤内高度癒着の手術,ホルモン補充療法施行婦人などがあげられます. 血栓症のリスク因子を有する場合は,術後の一般的予防として,早期離床,ベッド上での下肢挙上・膝の屈伸・足の背屈運動,弾性ストッキング着用,間欠的空気圧迫法,脱水予防(充分な輸液)等を行ってください.強いリスク因子がある場合には,低用量未分画ヘパリン5,000単位を,術後6〜12時間以内に(止血を確認できたら術直後からでも可)1日2回皮下注(または静注),3〜5日投与すべきです.合併症その他で長期にわたり安静臥床する患者に対しては,ベッド上での下肢の運動を,場合によっては弾性ストッキング着用,あるいは間欠的空気圧迫法を行うべきです.とくに長期安静臥床後に手術を行う場合は,術前に血栓症のスクリーニングを行うことが大切です. そして術中・術後早期の胸部痛・呼吸困難・ショックはもちろん,軽い胸痛・息苦しさなどの訴えにも細心の注意を払い,PTE発症を疑うことです.ベッド上での体位変換,歩行開始,排便・排尿などが誘因となってPTEが発症することが多いので,これらの動作時には特に注意が必要でしょう.PTEの疑いを持ったら,直ちに院内担当者に連絡を取り,胸部X線,心電図,血液ガス,血液凝固系検査,心エコー図,造影CT,肺動脈造影などにより診断を確定するとともに,高次医療センターやICUへ速やかに搬送し,抗凝固療法,場合によっては血栓溶解療法にて救命を図るように対処することです.手術をする場合は,いつPTEが発症しても充分な対策が取れるように,放射線診断医,麻酔科医,循環器専門医,胸部外科専門医などを含めた院内リスクマネジメント対策を整備しておくことが肝要です.
日本産科婦人科学会関東連合地方部会会報, 42(3)
301-301, 2005
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