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第117回学術集会(平成21年6月14日(日))
【シンポジウム1】
産科における超音波診断 Nuchal translucency(NT)
亀井 良政
東京大学女性診療科・産科講師
Nuchal translucency(NT)は,1992年にNicolaidesらが妊娠初期の胎児の後頸部浮腫(透明帯)の厚さとダウン症の発生頻度に正の相関が見られることを報告して以来,染色体異常児のスクリーニング法として欧米で急速に広まった検査項目である.欧米諸国では,今やNTは母体血清マーカー検査とともにダウン症胎児のマススクリーニングの方法として位置づけられており,その測定方法には一定の指針が設けられ,いかに効率的なスクリーニングを行なうかということに精力が向けられている.すなわち,ダウン症胎児の検出率が,年齢のみでは30%であるのに対し,NTならびにクアトロマーカー検査を加えることにより90%まで上昇する. さらに,NT肥厚と染色体異常との関連とは別に,NT肥厚のある胎児では,たとえ染色体異常が存在しなくても,先天性心疾患を始めとして中枢神経疾患,消化器疾患,泌尿生殖器疾患などの構造異常や,超音波検査では診断の困難な神経筋疾患や代謝障害などの多彩な先天異常を有する可能性が高くなることも明らかとなってきた.しかしながら他方では,NT肥厚がありながらも染色体異常もなく,先天異常も明らかでない無病生存の児が数多く存在することも知られている. この様に,NT肥厚を示す胎児は多様な経過をたどる可能性がありながら,欧米諸国では臨床の現場においては大きな混乱は見られていないようである.これに比し,わが国では,NT測定に関しては様々な波紋を産科日常臨床に投げかけている.その背景にはいくつかの要因が存在する. まず第一には,NT測定法の不徹底である.Fetal Medicine Foundation(FMF)では,NTの測定に際してはライセンス取得を求めており,講義を受講して筆記試験ならびに実技試験に合格した者には,ライセンス認証と同時に胎児染色体異常のリスクアセスメントのためのsoftwareを供与している.現在わが国でこのライセンスを取得した者は5人に過ぎず,ほとんどの症例ではFMFの基準を無視した測定を行なっているために,測定結果に大きな誤りが存在する可能性が高い.これは結果として患者により大きなあるいは不必要な不安を与えることにつながる. 第二の問題点は,NT肥厚の背景にある多彩な病態に対する我々産科医の理解不足である.現在,NT肥厚が認められた場合の染色体異常や心奇形以外の考慮すべき疾患として,50の疾患・症候群が存在する.したがって,NT測定に際しては,これら疾患・症候群の理解も含めたカウンセリングの知識の取得が要求されるが,ほとんどの場合はその様な高度の知識を提供することなく,NTが測定される. これ以外にもいくつかの問題点はあるが,本講演では,NT肥厚症例の実際の経過と,測定法,さらにはNT肥厚が疑われた場合の初期対応について,概説したい.
日本産科婦人科学会関東連合地方部会会誌, 46(2)
126-126, 2009
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