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第125回学術集会(平成25年6月15日(土),16日(日))
【シンポジウム】
産科領域のERASを麻酔科の立場から
佐藤 正規, 角倉 弘行
国立成育医療研究センター麻酔科
ERASとは消化管手術や肝切除術など比較的侵襲の大きな手術の術後回復能力を強化し在院日数を短縮することなどを目的としたプログラムであるが,帝王切開に関しては英国や米国ではすでに術後3-4日目の退院が実現されており,いわゆるERASの対象疾患には含まれていない.しかし,わが国では帝王切開の術後も1週間程度の入院を課している施設が多く,改善の余地は大きい.当センターでの帝王切開術の術後回復能力強化のための取り組みについて報告する.
術前管理:妊婦は誤嚥の危険性が高いとされており,帝王切開の術前は厳密な絶飲食が課されていた.しかし最近では例え妊婦であっても陣痛が発来していない場合は胃内容物の排泄時間は延長しないことが示される一方で,厳密な絶飲食により母体および胎児の低血糖の危険が増加することが懸念されるようになり,帝王切開術前の絶飲食も緩和される傾向にある.すでに米国や英国の帝王切開の麻酔に関するガイドラインでも清澄水は手術開始2時間前まで,固形物は手術開始6時間前までの摂取が許容されている.当センターでは予定手術の大半は午前中に行われるので朝食の摂取は認めていないが,清澄水の摂取は手術開始2時間前まで許可し,手術室で静脈路確保した後に輸液負荷を開始している.
術中管理:凝固能の亢進した妊婦では術後の肺血栓のリスクが高いので,帝王切開の術後は早期離床が重要であり,麻酔管理も早期離床の妨げにならない管理が要求される.我が国では帝王切開の標準的な麻酔法としてCSEA(Combined Spinal Epidural Anesthesia)を採用している施設が多いが,硬膜外麻酔による術後鎮痛では運動神経麻痺により早期離床が妨げられる可能性がある.最近米国では,クモ膜下腔に局所麻酔薬と少量の麻薬(フェンタニルおよびモルヒネ)を投与するSSS(Single Shot Spinal)が帝王切開術の標準的な麻酔法となっている.SSSではモルヒネによる良好な術後鎮痛が提供されるが,運動神経麻痺が少ないので早期離床の妨げとならない.当センターでも帝王切開術の標準的な麻酔法としてSSSを採用し,良好な結果を得ている.
術後管理:妊婦はもともと術後悪心・嘔吐(PONV:Post Operative Nausea and Vomiting)のリスクが高く,誤嚥を避けるために術後の経口摂取も制限される傾向にあった.しかし,最近では積極的な経口摂取によりPONVのリスクを軽減できる可能性が示唆されており,米国や英国のガイドラインでも患者が希望した時点で経口摂取を開始することが推奨されている.当センターではすでに帝王切開術後の飲水は患者が希望した時点で認めているが,今後は経口摂取も患者が希望した時点で開始できるように準備を進めている.
関東連合産科婦人科学会誌, 50(2)
302-302, 2013
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