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第126回学術集会(平成25年10月26日(土),27日(日))
【ワークショップ1】
低出生体重の影響に関する経済学的分析
大竹 文雄
大阪大学社会経済研究所
【はじめに】日本の子供の出生時の平均体重は,低下傾向が続いている.出生時の平均体重は,1980年には3200グラムだったが,2010年には3000グラムに低下している(「人口動態統計」(厚生労働省).2500グラム未満の低体重で生まれてくる比率は,1980年は5.18%だったが2010年には9.62%まで高まっている.このような出生時体重の低下が生じた理由はいくつか考えられる.妊娠中毒症などの疾病を防ぐために妊婦検診における体重管理を厳しくしたこと,「小さく産んで大きく育てる」という考え方が広まったこと,日本の若い女性の間の「やせ願望」が高まったこと,若者の間の貧困・失業が増えて妊婦の栄養が不足していること,女性の喫煙率の上昇などである.理由の解明が急がれるが,低出生体重児の増加そのものが,将来の日本経済に大きな影響を与える可能性がある.二つのルートを通じた影響である.第一は,低出生児は将来メタボリック症候群を引き起こしやすいことから生じる医療費の増加である.第二は,低出生体重児の学歴や所得の低下である.
【出生時の体重とメタボリック症候群】1998年のクリニカル・サイエンス誌によれば,英国のサウサンプトン大学のバーカー教授は,一連の研究で出生時の体重が低いと成人になってから冠状動脈性心臓病・糖尿病・高血圧などの生活習慣病にかかる人の割合が高いことを明らかにしている(Barker(1998)).胎児の間の栄養状態が悪いと,代謝のメカニズムがその環境に応じてプログラムされて生まれてくるというのがバーカー教授の主張である.
【出生時体重と大人になってからの経済状態】胎児期の栄養状態が,生まれてからの健康状態に大きな影響を与えるのが本当だとすれば,大人になってからの経済状態にも影響を与える可能性がある.健康は,経済状況を大きく左右するからである.
実際,出生時の体重とその後の社会経済状況との関係が,最近多くの経済学者によって研究されている.なかでも,Currie(2009)は衝撃的な内容である.この論文によれば,出生時体重が低いことと,注意欠陥・多動性障害(ADHD)の発生率の高さ,教育水準の低さ等の間に相関があることが多くの研究で明らかにされてきているという.イギリスのデータを使ったCurrieの研究によれば低体重児はOレベルという大学入試資格試験の英語と数学の合格率が25%以上低いことや雇用される確率が低いことが示されている.日本でも全国学力テスト(小学6年生と中学3年生)の都道府県別平均点と出生時体重との間には正の相関がある(小原・大竹(2009)).ただし,『21世紀出生児縦断調査』のパネルデータを分析した川口・野口(2012)によれば,2500g以下で生まれることは2歳半時点での発達を遅らせているが,6歳半時点での行動には統計的な影響を与えていないとしている.また,彼らは低出生体重をもたらすのは,母親の喫煙と出産6ヶ月前の母親の就業であることを見いだしている.特に,出産6ヶ月前に母親がフルタイム就業している場合には,2500g未満の低体重出産となる確率を2.4%ポイント上昇させるとしている.
低出生時体重とその後のアウトカムに関する因果関係を明らかにする研究が進んでいる.例えば,Black他(2007)は,ノルウェイの双子のデータを使って,双子同士での出生時体重の違いがIQ,教育,所得などに影響を与えることを明らかにしている.彼らの推定結果によれば,出生時体重が10%重いと所得を1%高めている.ただし,カリフォルニアのデータを用いたRoyer(2009)の研究では,出生体重が教育年数に与える影響は統計的には有意だが,250gの増加で0.03〜0.04年の教育年数の増加をもたらす程度にすぎないとしている.他にも,母親の妊娠時の栄養状態を悪化させる様々な要因(景気の状況,インフルエンザの流行,大気汚染など)が,生まれた子供のその後に悪影響を与えることを示す研究がある(Almond and Currie(2010)).
Currie(2009)は,貧困家庭の子供が貧困となり,その子供も貧困になるという貧困の連鎖の原因を,遺伝ではなく,つぎのような説明をしている.栄養状態の悪い妊婦から低体重児が生まれ,その子供が育っても健康状態が悪く,所得が低くなる.所得が低い親となって,子供を生むと低体重の子供が生まれる.そうすると,またその影響が,子供が大人になったときに現れるというものである.
関東連合産科婦人科学会誌, 50(3)
428-429, 2013
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