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第127回学術集会(平成26年6月21日(土),22日(日))
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不定愁訴に対する漢方治療のコツ
関口 敦子
日本医科大学多摩永山病院産婦人科
患者の訴えが現代医学で知られる疾患の症状に合致せず,検査異常もない場合,どんなに訴え方が深刻でも現代医学的な診断はつかない.診断がない場合,治療は対症療法という非常に限られたものとなる.「あなたには治療する正当な方法がない」と突き放される患者にとって,症状の解釈もされず治療もされない苦痛は大きい.そして医療者にとっても,診断も治療もできない患者の訴えと向き合うのは多大なエネルギー・ロスに感じられ,多忙な日常臨床において苦痛な時間となりがちである. 漢方治療のうち,近年よく用いられる「病名治療」は,ある疾患にはこの漢方が有益である可能性が高い,という経験・EBMに基づいて治療を行う方法で,漢方理論を知らずとも可能である.例えば,月経困難症に対する当帰芍薬散,桂枝茯苓丸,加味逍遥散の産婦人科三大処方がある.これらは,漢方でいう駆瘀血薬(くおけつやく)であり,瘀血(いわば微小循環障害)を改善する方剤である. しかし,漢方治療の醍醐味のひとつは,病名がない疾患・症状・愁訴の治療にあると言っても過言でない.一見ランダムと思われる患者の症状列挙に対して漢方医学的な整理を行うと,ランダムな症状がランダムでなくなる.例えば,不安感・のどの閉塞感・執拗さ・こだわり・心疾患を同定できない胸痛などは気滞(気の異常),焦燥感・のぼせ・動悸・せっかち・上半身の発汗・顔の熱さ・足の冷えは気逆(これも気の異常の一つ),月経不順・月経困難症・PMS・目の下のくま・痔疾・血管の細絡は瘀血(血の異常),月経過少・顔色不良・二枚爪・皮膚のかさつきは血虚(これも血の異常),めまい・乗り物酔い・雨の前の頭痛・鼻炎は水毒(水の異常)といった具合に整理される.こうした体質的な傾向・症状を知り,身体の力の偏り・不足・過剰を修正し,目標となる症状も軽快させよう,というのが漢方の「随証治療」である.また,症状の増悪する状況,例えば,気圧変化・月経周期・暑さ寒さ・ストレス負荷などから,各々,水毒・瘀血・寒熱・気の異常に対する処方も考慮できる.こうして患者の訴えを漢方医学的に能動的に整理しつつ問いかけながら聞けば,医療者は,現代医学的に無意味な訴えを一方的に聞かされるという苦痛からまず解放される. そして漢方名人ならぬ漢方初心者は,気・血・水のどこから治療を開始するかを,現代医学における鑑別診断と治療ほどには,深刻に思い悩む必要はない.もちろん最初の処方の一手からまさに患者の本質をつく治療ができればベストではある.しかし幸いにも気・血・水は患者の中で強力なネットワークを張っている.冷えている患者にもっと冷やす処方を出す,などの逆方向の治療さえしなければ,気・血・水どこから治療を開始しても,試行錯誤はあるかもしれないが,患者の状態を良い方向に向ける可能性が開ける.
関東連合産科婦人科学会誌, 51(2)
220-220, 2014
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